引用:PR TIMES
こんばんは♪くまオタkeimyデス(・ω・)☆
伍代夏子さんは 藤あや子さん・坂本冬美さん とともに 美人演歌歌手として現在も活躍中です
1999年 大御所俳優で17歳年上の杉良太郎さんと電撃結婚!男らしい姉御肌のイメージだった伍代夏子さんと杉良太郎さんの電撃結婚は 芸能界でも当時大きな話題になりました!
公私ともに順調で 幸せいっぱいの様に思われていた伍代夏子さんですが 32歳の健康診断でC型肝炎が判明しています
現在とてもお元気そうですが 病気は克服されたのでしょうか?
支えになってくれた夫の杉良太郎さんとのエピソード等もあわせていろいろとまとめていきたいと思います
伍代夏子はC型肝炎
C型肝炎とは C型肝炎ウイルスにかかることで発症する肝臓の病気です
慢性肝炎から肝硬変 肝臓癌へと進行する可能性もある事から 早期の発見・治療が必要とされています
伍代夏子さんは 2009年よりインターフェロンの治療を行いながら 2010年に 自身がC型肝炎であることを公表されました
治療後も 同じ様にC型肝炎に苦しんでいる患者の為の支援活動を行っています
伍代夏子は杉良太郎の支えでC型肝炎を克服
引用:株式会社アイエス
C型肝炎の闘病生活を支え続けた ご主人の杉良太郎さんと出会ったきっかけは 伍代夏子さんが 知り合いの紹介で 杉良太郎の舞台を3回観に行った事です
3度の観劇の後に 初めて電話番号を交換をし その後は 電話デートをほぼ毎日続け たった1カ月で結婚を決めました
出会った時には伍代夏子さんはすでにC型肝炎に感染しており、伍代夏子さんは当初 妊娠・出産にも消極的でした
そんな伍代夏子さんに杉良太郎さんは「2人で頑張っていこう」と告げました。
こうして結婚に至った伍代夏子さんは その後 C型肝炎の克服に向けて 治療を開始されました
杉良太郎さんの支えもあり伍代夏子さんは1年半の闘病生活を無事に乗り越えられました
伍代夏子のプロフィール
引用:公式HP
・芸名:伍代 夏子
・本名:中川 輝美
・生年月日:1961年12月18日(2022年 現在60歳)
・出身地:東京都渋谷区
鷗友学園女子高等学校在学中にディスコで知り合った男性から芸能関係者を紹介された事が 歌手になるきっかけでした
1982年「星ひろみ」でデビューしましたが、全く売れず、「加川有希」と改名して再デビューしさらに本名の「中川輝美」に改名してきました
その後伍代夏子と改名した結果 1990年「忍ぶ雨」がヒットし現在に至っています
伍代夏子の経歴
【1988年】26歳
・第21回全日本有線放送大賞 最優秀新人賞
・21回日本有線大賞 最優秀新人賞
【1989年】27歳
・第21回全日本有線放送大賞 最優秀新人賞
・第21回日本有線大賞 最優秀新人賞【1990年】28歳
・第9回メガロポリス歌謡祭 演歌大賞女性部門
・第16回全日本歌謡音楽祭 金賞
・第17回横浜音楽祭 横浜音楽祭賞
・第16回日本演歌大賞 演歌スター賞
・第21回日本歌謡大賞 放送音楽賞
・第23回全日本有線放送大賞 優秀スター賞
・第23回日本有線大賞 有線音楽優秀賞
【1991年】29歳
・第10回メガロポリス歌謡祭 演歌メガロポリス賞・年間ロングセラー賞
・第18回横浜音楽祭 横浜音楽祭賞
・第17回日本演歌大賞 演歌スター賞
・第22回日本歌謡大賞 放送音楽賞
・第24回全日本有線放送大賞 優秀スター賞
・第24回日本有線大賞 有線音楽優秀賞
【1992年】30歳
・第13回松尾芸能賞 優秀賞
・第23回日本歌謡大賞 放送音楽賞
・第25回全日本有線放送大賞 優秀スター賞
【1994年】32歳
・第27回全日本有線放送大賞:優秀スター賞
・C型肝炎のキャリアであることが判明
【1995年】33歳
・第28回全日本有線放送大賞 吉田正賞
・第37回日本レコード大賞 特別賞
【1999年】37歳
・17歳年上の杉良太郎と交際1ヶ月で電撃結婚
【2009年】47歳
・C型肝炎の治療を開始
【2010年】48歳
・C型肝炎を患っていることを公表
【2016年】54歳
・日本作曲家協会音楽祭2016 特別選奨
【2021年】59歳
・2019年頃から喉の違和感と歌や会話も困難な状況があり 喉のジストニア(けいれん性発声障害)と診断されたことを公表
【2022年】60歳
・日本和装ホールディングス メインステージ社外取締役就任
伍代夏子のヒット曲
・忍ぶ雨
・ひとり酒
・鳴門海峡
・満月
・金木犀
・舟
・雪中相合傘
杉良太郎のプロフィール
引用:到知出版社
・芸名:杉 良太郎
・本名:山田 勝啓(やまだ かつひろ)
・生年月日:1944年8月14日(2022年現在 78歳)
・出身地:兵庫県神戸市
・職業:俳優・歌手
「母親は米びつに一握りしか残っていない米をお遍路さんにあげるような人」「父親もいつも人の為に動いているような人」と両親の事をとても尊敬されています
杉良太郎の経歴
引用:SONY MUSIC
【1965年】21歳
・日本コロムビアから「野郎笠」で歌手デビュー
【1966年】22歳
・日活に所属
【1967年】23歳
・NHK「文五捕物絵図」に主役で出演
【1970年】26歳
・映画「花の特攻隊 ああ戦友よ」で主演
【1972年】28歳
・一般女性と結婚し 長男・長女・次女を授かる
【1975年】31歳
・CBSソニー移籍し シングル「なやみ」が10万枚の売上を記録
【1976年】32歳
・「遠山の金さん」で主演
・主題歌「すきま風」シングルレコードが100万枚の売上を記録
【1998年】54歳
・一般人女性と離婚
【1999年】55歳
・17歳年下の伍代夏子と再婚
【2005年】61歳
・椎間板ヘルニアの悪化により 新歌舞伎座公演を最後に自らの座長公演を引退
【2009年】65歳
・芸能活動45周年を記念し 初の作詞作曲集を発売
【2011年】67歳
・芸能活動全般についてエイベックス・マネジメントと業務協力契約
【2013年】69歳
・杉良太郎さんの個人事務所が所有する東京・西麻布のビル2階に「杉良太郎演劇塾」設立
・「よろず占い処 陰陽屋へようこそ」で現代劇で33年ぶりとなる連続ドラマに出演
杉良太郎の社会貢献
引用:東洋経済
15歳の若さでボランティア活動を始めています
杉良太郎さんのボランティアに対する考えは
福祉をやるには確かに時間とお金がかかる
特にお金がないと見栄えのいい福祉はできません
でもお金がない人は時間を寄付すればいい
お金も時間もない人は福祉に対する理解を示し、実際に活動をしている人に拍手を送るだけで十分
それで もう立派な福祉家です。福祉とはそういうもんです
この様に話しています。
杉良太郎さんは長年にわたり刑務官や受刑者に対し多くの意見交換と講演を行っており、法務省より特別矯正監に任命されました。
今までに投じた私財は数十億円以上に及ぶと言われています
ベトナムのハノイに日本語学校等の教育施設の設置したり、ベトナムの孤児を養子に迎えている事でも有名ですね。
養子の人数は150人を超えていると言われています。
阪神淡路大震災の時には大型ヘリコプターを2機チャーターし被災者避難所へ1000人分の食事や衣料品を2トン送り、自らも作業服と長靴で被災者の救援活動されています
東日本大震災の際も被災地へ救援物資を載せた車両12台を手配し、自ら炊き出しを行っていました。
・ボランティアは一方通行でいい
・見返りを求める人は 最初からやらなければいい
この様に話しており、私が一番感動した言葉は、
芸能界に入って悩んだことはないけれど、ボランティアでは何度も死にたくなった事がある
福祉の現場では 自分の無力さを突きつけられる
もっと力があったら助けられるのにって自分を責めた
と話されています
かっこよすぎですよね。
杉さまと呼ばれている事に 誰もが納得ですね・・・
養神館合気道名誉5段の実力もあり 杉さまについていけば何も怖いものはないでしょう
伍代夏子 C型肝炎 まとめ
病気を知った時は とても不安でしたでしょうし 治療は過酷なものなので 歌手としてやっていきたい伍代夏子さんは 治療をすべきかどうか悩んだと思います しかし「2人で頑張っていこう」と支えてくれた杉良太郎さんのおかげで 元気になり 本当に良かったです
杉良太郎さんの素晴らしい人格に私は本気でファンになりました!その杉さまを惚れさせた伍代夏子さん きっと誰もがお手本にしたい女性でしょう・・・
いつまでも仲睦まじい 美男美女のビッグカップル!これからも応援していきたいと思います
最後まで読んでくださり ありがとうございました (・ω・)/